
1947年大分県別府市生まれ。日本写真専門学校卒業。西部毎日広告社を経てフリーランス。東京在住。三越カルチャー、NHK文化センター等講師。ぺルー、ベルギー、チュニジア等写真展、写真集。「東京ぶらり撮り・808」毎月実施中。
昨今、龍馬ブームらしい。だからというわけではないが、私ただいま幕末明治の写真に興味津々。誕生から間もなく日本へ上陸した写真技術についてはもちろん、なによりも残された写真の数々から伝わってくる当時の撮影現場、シャッターの後先に思いを馳せて愉しんでいる。
時代は安政年間へと続く嘉永元年1848年、なんと私の生まれる100年前。そこから63年生きてきた現在までの時間を思えば、そんなに遠い昔でもないように感じられる。こんなふうに自分のことや歴史上の出来事と併行させて書き出してみると、もっと身近なものに感じられるから面白い。
有名な桜田門外の変が1860年3月3日、あの雪の日にも日本のどこかでダゲレオタイプ(銀板写真)のカメラに触れていた人がいたのだと思うと愉快でたまらない。ちなみにペリー提督の浦賀来航は1853年、龍馬が仲立ちした薩長同盟が1866年で、このころ長崎の上野彦馬によってあの有名な龍馬の立ち姿写真も撮られたらしい。明治元年が1868年、ここまでの間、長崎を筆頭にいくつかの藩で写真は熱心に研究され、新しい時代を迎えて根を張り、芽吹き、花を咲かせて現在に至っている。
こうして写真のこれまでの道程を改めて見ながら、現在の写真の足音に耳を澄ましてみる。かの時代のように自由闊達な歩みが聞こえるか、前進しているか、少なくとも私自身はどうか。時折、写真学生だった40年前の私とも向き合えば少しく反省し奮起する。いうまでもなく、重要なのは今という点である。小さな点のひとつが抜けては、過去から未来への線は続かない。道は途絶える。となれば責任重大!テェヘンだ!テェヘンだ!・・・ってぇわけで、私は撮り続けている。
“東京ぶらり撮り・808”と名付けた撮影会は2003年から毎月1回続けている。参加平均人数は15名前後、多い時は40余人という記録もあるが、とにかく、みーんな撮りたいのだと思う。申込無用、参加無料、持ち合うのは写真を愉しむ“こころだけ”という自由さを私は気に入っている。これが小さな点になるのかどうかは判らないが、自分の住む町を撮る“地撮り”をこれからも続けていこうと思っている。
古いアルバムの1枚もまた、その時々の情景を甦らせてくれる。どの一瞬にも“写真という名の時間”が刻まれているからだろう。
黎明期の人々の熱い思いを受け止めながら私はフィルムで写真を撮り続ける。今が時代の曲がり角でも、光と愉しく遊びたいのだ。
