高桑選手

Interview

障害者スポーツ選手の「今」を伝えること。


障害者アスリートの人たちの困難な状況をもっと知ってほしいと思っています。多くの人たちに注目していただき、障害者スポーツがさらに良い方向へ向かって欲しいという気持ちでいっぱいです。私はアスリートとしては、まだまだ未熟ですが、競技を通して障害者アスリートの頑張っている姿を伝えていくことだと思っています。また機会があればシンポジウムや講演会でも、競技への「熱い想い」を伝えていきたいです。

東京五輪の招致活動で活躍された義足のジャンパー佐藤真海さんが一躍「時の人」となり「義足のアスリート」が注目されている今が、「障害者アスリートの今」を伝える絶好のチャンスだと思っています。


なぜ健常者と一緒に走るのか。


私は、健常者の選手と一緒に走ることにこだわりをもっています。高校の陸上部に入り、健常者のタイムはパラリンピックのトップアスリートとほぼ同じであることに気が付きました。彼女たちについていければ、自分はどんどん速く走れるようになり、絶対に自分は世界のトップになれると確信しました。慶応大学でも健常者と一緒に走ることにこだわりがありましたから、体育会の競走部を選びました。

これまで、先輩の方々からたくさんのことを教わりました。慶応の競走部は、お互いに高めあえる素晴らしい環境です。今日もそうでしたが、下級生から質問があったりしたら、自分が先輩からしてもらったように下級生に自然とアドバイスしてあげられる、そんなところが慶応競走部のいいところだと思います。周りのみんなの協力があって今の自分があるのです。特に、自分の体の一部である義足の開発をしていただいている多くの協力者の方がいるからこそ、ここまで来られたんだと思っています。これからも、自分のためにも周りのみんなのためにもいい結果を出していきたいです。


今はいている義足は「ラビット」と名付けられたハイテックデザインの義足で、プロダクトデザイナーとして著名な山中俊治氏と、慶応の学生との研究チームによって開発していただいたものです。初めてお話をいただいたのは確か高校1年の時でしたが、今まで義足は、福祉や医療として扱われていましたから、まさかプロダクトデザインの発想で義足が開発されるとは思ってもみませんでした。この短期間で、ここまで完成度が高く、美しい義足をつくっていただいたことに心から感謝しています。


どうしても慶応大学体育会競走部に
入りたかったわけ。


最初は、美しくデザインされた義足に、周りの皆から「それって意味あるの?」って懐疑的な質問を多く投げかけられました。それに、しっかり答えられなかった自分が悔しかったです。しっかりと答えられる自分になりたいと思いました。慶応に入ろうと思った一番の理由はそれでした。

いま、慶應の義足開発研究チームをはじめ、高校の時からずっと義足をつくっていただいている高橋さん、スポーツ義足の第一人者である臼井さん、義肢サポートセンターの皆さん、義足メーカーである今仙技術研究所の皆さん、たくさんの方々の熱い想いの詰まった義足をはいて走っています。


「義足のランナー」と呼ばれることは
最大の褒め言葉。


「義足のランナー」と呼ばれることは最大の褒め言葉で、名誉ある称号だと思っています。

義足のランナーたちはみんな義足に愛着をもっています。義足は体の一部で相棒のような存在です。自分を象徴するシンボルです。開発された皆の想いの詰まったこの美しくてかっこいい義足を是非見てくださいという気持ちでいっぱいです。日本一速く、いや世界で一番速く走ることが出来たらきっと注目されようになると思います。それが開発していただいた多くの人たちへの一番の恩返しだと思っています。そのためにも一日一日を無駄にせずに大切にしていこうと誓っています。


終わり。

 

(2013年9月17日 収録)

 

 

 

高桑選手
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