インタビュー

 

車いす陸上界のクイーン、土田和歌子さんインタビュー

土田選手

タムロンは、ハンデキャップを抱えながら夢の実現のために日々努力し、たゆまず挑戦を続けている障害者スポーツ選手の皆様に心から共感しています。土田和歌子さん、タムロンが応援し、サポートに参加いただいている車いすパラリンピックメダリストです。 転倒しながらゴールまで走り抜いたロンドンパラリンピック後の心境や、著書タイトル「今を受け入れ、今を超える。」そのアスリート生活の苦楽についてお話を寄せていただきました。

土田選手

土田 和歌子選手

つちだ わかこ

1974年10月15日 東京都生まれ
八千代工業株式会社所属

高校2年の時、友人とドライブ中に事故に遭い、車いす生活に。長野パラリンピック、アイスストレッジ1500mでは自身の世界新記録を更新し金メダルを獲得。 1000mでも金メダル、100m、500mでは銀メダルを獲得した。 陸上競技にも挑戦し2000年シドニーパラリンピック車いすマラソンで銅メダルを獲得。2001年には、大分国際車いすマラソンのフルマラソンで世界最高記録を樹立、2004年アテネパラリンピックでは、5000mで念願の金メダル、フルマラソンでは銀メダルを獲得。日本人初の夏冬『金メダリスト』となった。2007年4月第111回ボストンマラソンにて日本人初の優勝を獲得。北京パラリンピックでは、5000mとマラソンの2種目での金メダルを目指したがレース中の大怪我により、無念のリタイア。昨年のロンドンパラリンピックでは、5,000mとフルマラソンに出場し、フルマラソンで転倒しながら完走し、5位入賞を果たす。今年10月の大分国際マラソンでは、自身の持つ世界記録を12年ぶりに更新し、全盛期の好調を維持、ますます充実の時を迎えている。現在は、リオデジャネイロパラリンピックでの金メダルをめざし、世界のレースに挑戦し続けています。また、2020年東京オリンピックパラリンピック招致のアンバサダーに任命され、招致成功にも貢献した。車いす陸上競技の世界的なトップアスリートで、世界中の人々に勇気と感動を与えています。

ブログ 土田和歌子さん、オフィシャルブログはこちら

土田選手

Interview

ロンドン大会では日本初の女性
キャプテンを勤めました。


今回のロンドン大会では選手団のキャプテンを務めさせていただきました。お話があったときは「自分には無理じゃないか」と。でも、冬季夏季あわせて過去5回のパラリンピックに出場させてもらっているということもあって、「今、自分はそういう時期にきているんだ、これまでの経験が良い形で表せられるかな」とも思い直して、引き受けさせていただきました。夏のパラリンピックでは日本では初めての女性キャプテンでした。

競技が違う選手とは練習場所も異なるのでなかなか接点もなく、関わる機会は競技期間しかありません。限られた時間の中で、日本選手団の士気を高めるためには私にどんなことができるのか。何ができるのか。ものすごく悩みましが、実際にできることは、選手村でできるだけ多くの選手の人たちとコミュニケーションをとって、みんなで同じ気持ちになることかなと。

プラス、自分自身が選手として出場する競技で良い結果を出すことが、みんなを牽引できることにもなるのではと。それらをキャプテンの役割として位置づけて取り組んだのですが、自身は5000mで好結果を出せず、マラソンでも出せずで、結局、他の多くのメダリストたちの活躍があって救われました。ただ、個人としては、マラソンで転倒したあと諦めずに最後まで一心に走れたということは、今回のロンドン大会の唯一の救いかなと思っていますし、選手団のみなさんにも何かメッセージを伝えられたかなとも思います。


大声援に励まされて「私には棄権はない」
と一心に走りました。


ロンドンのマラソンコースは難所が多いテクニカルなコースというのは判っていましたので、コースの下見をし、周回レースの想定をして同じ練習を繰り返しやり、自信をつけ、とても良い状態でスタートラインにつき、1周目の手応えもよく、「いいなー」という感じで走っていました。でも実際には24kmで転倒。先頭グループにいたライバルたちは、あっという間に遠ざかってしまい、「さあどう対処しよう、どう気持ちを切り替えよう」と、何秒かは混乱していたと思います。なんとか立ち上がったときは、沿道のいろんな国の人たち、ほんとうに多くの方々の励ましの大声援にすごく勇気をもらいました。「私に棄権はない」「まず前を追おう」「とにかく走る」「諦めなければフィニッシュラインは必ず見えてくる」。痛みはありましたが、ゴールするまではアドレナリンが出まくって麻痺した状態でした。このとき気持ちを切らさないで走ることに集中できたのは、車いす生活になって20年の間に、自分が自分の中に培ってこれたもの、その強みかなとも思います。その夜は、痛いところだらけで最悪でしたけど。

 

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土田選手
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