MADE IN TAMRON 人と技でつなぐタムロンのものづくり

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田中 希美男たなか きみお

多摩美術大学・多摩芸術学園写真科を卒業後、フリーランスフォトグラファーに。おもにクルマの撮影を専門とするが、人物、風景、スナップなど撮影分野は多岐に渡る。おもな出版書籍は「デジタル一眼上達講座」、「デジタル一眼 "交換レンズ" 入門」(ともにアスキー新書)、「デジタル一眼レフ・写真の撮り方」(技術評論社)、「名車交遊録」(原書房) 、「名車探求」(立風書房)など。写真展は多数開催。現在、カメラやレンズ、写真関連の雑感を写真ブログ『Photo of the Day』や、twitter『@thisistanaka』で情報を発信中。
ホームページは
http://www.thisistanaka.com/

デジタルカメラにとって良いレンズとは

   仏山タムロン工場の見学をきっかけにして、このブログではいくつかのテーマを持ってタムロンの交換レンズに私が感じていること、考えていることを9回にわたって述べてきた。今回はその最終回。

   タムロンは日本国内(青森工場)のほか海外(中国工場やヴェトナム工場)でも交換レンズを生産している。しかしそこで生産される交換レンズの「品質と性能」については、タムロンが定めた基準を厳格に守っている。つまり、生産される地域によって品質も性能も変わることはない、ということ。だからタムロンは、生産されるすべてのレンズが『Made in TAMRON』なのだと言っている。

   安定した品質で優れた性能を備える"良いレンズ"をタムロンが作っていること、さらには、もっと良いレンズを作ろうと努力していることは、このブログを読んでもらってなんとなくわかっていただけたと思う。
   しかし ━━ と、きっと多くの皆さんはおっしゃるだろう ━━ 良いレンズとは、具体的にどんな条件を満たしていればいいのか、タムロンはどんなところに重点をおいてレンズを設計し、開発し、製造しているのか。以下は、たぶんに私の個人的評価軸に偏っている部分もあるだろうが、タムロンが考える「理想のレンズ」と当たらずとも遠からずだと思う。

   ≪ 良いレンズであるための必須条件(私のレンズ評価軸)≫

① 適度なコントラスト(立体感、透明感)
② 上品なシャープネス(解像力、鮮鋭感)
③ 豊かなグラデーション(諧調描写力)
④ 滲みのない正しい色再現性(色のニュートラリティー、色のクリアーさ)
⑤ 優れた逆光特性(フレア/ゴーストが目立たない)
⑥ 正確な対称性(ディストーション/ディフォルメーションが少ない)
⑦ なだらかなボケ味(柔らかさ、色のクリアーさ)
⑧ 操作性(機能、大きさ重さ、ズームリング/ピントリングの感触)
⑨ 耐久性(壊れにくい、防塵、防滴)
⑩ 価格(リーズナブル、コストパフォーマンス)

   上に示した10の条件は私が普段、レンズを評価するときの基本条件である。それぞれに優劣、多少のデコボコがあってもいいが、欠けることは許されない。理想を言えば、10のすべての条件が均等に、バランス良く満たされていることだ。
   たとえば、シャープネス(解像力)が大変に優れているが、強いコントラスト傾向があるために諧調描写力は少し犠牲になっているレンズ。一見したところ、力強くて見栄えの良い写りのレンズのようだが、いささか個性が強すぎる。これを私は「自己主張し過ぎるレンズ」としてあまり高く評価をしない。

   では、タムロンの交換レンズはどうだろうか。
   上記の10の条件は過不足なく満たしているのだが、はっきり言って、やや地味な印象のレンズが多い。いいや、控えめで、謙虚な印象のレンズと言い直した方がいいか。
   いまのレンズ描写の流行のように、オレはどうだ、オレは凄いだろう、と自己を主張しないレンズのような気がする。レンズのほんとうの性能をわかってくれる人に使って欲しい、というタムロンの姿勢が、私は好きだし、良いことだと考えている。
   なぜか。その理由はデジタルカメラの特性を考えてみればわかる。

vol-10_01

   一部のレンズに見られるハイコントラストで太い解像描写力の画像は、見る人に力強い印象を与え「わっ、凄い描写だ」と驚かせることはできる。しかしタムロンレンズはそれとは逆。タムロンのレンズ描写の特長は、適度なコントラストと豊かな諧調描写力、そして細くて上品な解像力、立体感のあるボケ味だ。じんわりと時間をかけて良さが伝わってくる描写のような気がする。とくに、新しいSPシリーズの単焦点レンズは使っていると、そうしたタムロンレンズの特性を顕著に感じる。
   SP 35mm F/1.8 Di VC USD(Model F012)、絞り優先オート(F/1.8、1/3200秒)、ISO100

 

   デジタルカメラの画質は、いま飛躍的に向上してきている。イメージセンサーの高画素化や大型化、そして画像処理技術の進歩によるところが大きい。そんな現在の最新のデジタルカメラと組み合わせても、カメラ側の絵づくりの方向性を大切にしつつ、レンズの描写性能を充分に発揮することが求められている。

   レンズの個性が強すぎると、カメラ側の絵づくりの狙いがめちゃくちゃになってしまう恐れもある。レンズの自己主張が強すぎると、少しニュートラルに戻そうとしても無理のある画像処理をしなければならない。レンズの描写特性がニュートラルで柔軟性があるほど、カメラ側で絵づくりをコントロールしやすくなる。
   やや控えめで素材を大切にした描写だと、適度にコントラストやシャープネスを加減することで画質を損なうことなく画像を仕上げることができる。それがタムロンの「レンズ描写のフィロソフィー」ではなかろうか。

   考えてもみてほしい。タムロンの交換レンズは特定のメーカーのデジタルカメラにだけ相性が良いように作っているわけではない。絵づくりの考え方の異なるカメラメーカーのデジタルカメラと組み合わせても、自己主張せず、しかしレンズの描写性能は最大限に発揮されるように、じつに細やかな配慮がされている。
   タムロンのように汎用交換レンズを作っているレンズメーカーにとっては、ここが重要なのではないだろうか。たとえばフィルムカメラを使っていて、あるフィルムとの相性は良いが、別のフィルムを使うと期待したような写りにならない、カラーならいいがモノクロだとさっぱり、というような交換レンズは困る。それと似てはいないか。

 

vol-10_02

   たとえばの話だが、タムロンのまったく同じレンズを異なるメーカーのカメラボディと組み合わせて撮影してみると、いっぽうのカメラでは色収差がほとんど見られないのに、かたほうのカメラでは色収差が目立つということもある。カメラが自動的にデジタル処理をして一括に色収差を補正しているか、していないかの違いである。タムロンとしてはカメラ側の画像処理補正に頼ることなく、これからも正面から堂々とレンズ光学性能だけで勝負していって欲しいと思う。
   16-300mm F3/.5~6.3 Di II VC PZD MACRO (Model B016)、絞り優先オート(F8、1/250秒)、マイナス0.3EV露出補正、ISO3200。

 

   デジタルカメラと交換レンズをセットで作っているカメラメーカーでは、レンズの描写特性(クセや欠点)に応じてカメラの絵づくりを最適化するということもできる。歪曲収差や色収差などが簡単に補正できるのもそうした技術の恩恵によるものだ。
   しかし、それは自社の交換レンズに対してであって、他社(タムロンなど汎用レンズメーカー)の交換レンズは画像処理による自動収差補正の恩恵を受けることは、一般的にはできない。丁寧に真正面から、愚直に描写性能の良いレンズを作っていくしかない。そして、どのようなカメラボディと組み合わせても水準以上の画質が得られることは当然だが、さらにはボディとレンズとの重量バランスや操作にも違和感を与えないようにしなければならない。

   こうしたことはタムロンのような汎用レンズメーカーの宿命でもある。だからこそ、自己主張の強い頑固な交換レンズよりも、タムロンの交換レンズのように(やや地味ではあるが)描写の基本はしっかりと確保したうえで柔軟な交換レンズのほうが良いと私は考えている。

   「コンピューテーショナルフォトグラフィ」という言葉をご存じだろうか。
   コンピューターを使って作り出す新しい写真のことだ。最新のデジタルカメラの中にはコンピューターが内蔵されているようなものだ。新しい写真画像を創り出すだけでなく、イメージセンサー、画像処理技術、そしてレンズを一体に考え、それぞれの不足ぶんを互いにおぎないあいながら理想的な画像に仕上げる写真技術は、もうそこに来ている。
   将来、カメラ内蔵の高性能コンピューターを使ってレンズの収差補正をすることなど容易にできるようになるだろう(実際、いまもやっている)。未来的には、ピントの補正、ボケ味のコントロールなども簡単にできるようになる可能性だってある。

   だが、どんなにコンピューテーショナルフォトグラフィが進化したとしても、レンズの基本的な役割は変わることはないだろう。レンズには、光を忠実に、余計な手を加えることなくカメラに手渡すという基本原理がある。
   デジタルカメラが今後どれだけ電子化が進むか予想もつかないが、しかし写真レンズだけは、製造方法も役目もおそら今とあまり変わらないだろう。レンズを丁寧に磨き、それを正確に枠に嵌め込み、精密に動作させ、どこからの援助も手助けもなく自立して優れた描写性能を発揮する。そんなレンズこそが生き残って行き大切にされるに違いない。

   そう、いまのタムロンの交換レンズの「描写のフィロソフィー(第3回ブログを参照)」こそ、現在のデジタルカメラにとってももちろん、将来のデジタルカメラにとっても、いちばん重要なところをしっかりと見据えて設計され製造されているように思う。

 

 

   長いブログの連載をお読みいただき、ありがとうございました。
   「寡黙」なタムロンに替わって私がくどくどと説明をしてしまったために、すっかり長い連載になってしまいました。
   でも、このブログをお読みいただいてタムロンレンズの「良さ」が、皆さんに少しでもご理解していただければ私としては望外のよろこびです。

03_1612

   2~3日にかけ仏山タムロン工場などを見学させてもらって、本日は仏山を離れる日となった。その日の朝、カメラ一台を持ってホテルの近所を散歩してみた。蒸暑い朝で湿度が高い。エアコンの効いたホテルから一歩外に出るとレンズ表面がすぐ曇ってしまう。偶然、通りかかった小さな公園でご夫婦だろか、老人ふたりが音楽にあわせて軽やかにダンスをしているのを見かけた。見とれてしまうほどウマい。一曲終わるのを待って、おふたりの写真を撮らせてもらった。「ありがとうございました」と礼を言って別れ際、ふと振り向くと素晴らしい笑顔で見送ってくれていた。その笑顔を読者の皆さんにもお裾分けを。
   28-300mm F8/3.5~6.3 Di VC PZD(Model A010)、絞り優先オート(F/5.6、1/50秒)、マイナス0.7EV露出補正、ISO100。

 

田中 希美男たなか きみお

多摩美術大学・多摩芸術学園写真科を卒業後、フリーランスフォトグラファーに。おもにクルマの撮影を専門とするが、人物、風景、スナップなど撮影分野は多岐に渡る。おもな出版書籍は「デジタル一眼上達講座」、「デジタル一眼 "交換レンズ" 入門」(ともにアスキー新書)、「デジタル一眼レフ・写真の撮り方」(技術評論社)、「名車交遊録」(原書房) 、「名車探求」(立風書房)など。写真展は多数開催。現在、カメラやレンズ、写真関連の雑感を写真ブログ『Photo of the Day』や、twitter『@thisistanaka』で情報を発信中。
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